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ガッチャマンクラウズ インサイト 05話 感想箇条書き

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・パイパイが首相立候補。

 

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だがそんなことはどうでもいい。

重要なのは太ももだ。

 

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・アップデート? なにそれ、おいしいの?

 

「僕がみんなの願いを叶えただけです。望みを叶えればみんな幸せになれますよね」

「それは一時的な願いに過ぎない。今はみんなただ不安なんだ。誰かに頼っていてはいつまでも内発性は育まれない」

内発性って本当に必要なんですか?

は?

「ごめんなさい、累先輩の言ってること難しくてわたしよくわかんないです。世界ってもっと簡単でいいんじゃないですか。困っている人がいたら助ける、苦しんでいる人がいたら守ってあげる、そういうことをやるのが、うちらガッチャマンなんじゃないんですか」

「つばさちゃん、それでは世界はアップデートできないんだよ」

みんなが求めてるのは、世界のアップデートなんかじゃありません!

 

wwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

wwwwwwwwwwwwwwww

 

とりあえず草生やしときました。

 

そう、みんなが求めているのは世界のアップデートなんかじゃないのです。

みんなこの過剰社会の中で永遠の乳飲み子でいたいのです。

自分の生活だって大変なのに、社会がどうとかやってられんのですね。

そんなもん頭の良い人がうまいことやってくれよって漢字です。

というか、本当は自分の生活だって誰かにめんどうみてもらいたいのです。

自分で頑張って何かを手に入れるなんてまっぴらごめんなのです。

自分が何をしたいのか、何を欲しいのかも誰かに教えて欲しいくらいです。

何も考えなくても、何も決断しなくても、何も行動しなくても、快適で、幸福な生活を誰か保障してくだいさいよ!頼むよ!

 

さてと。まあつばさちゃんはここまでは流石に言ってないのですが、まあ突き詰めるとそいうことです。

アップデートしなければ、際限ない堕落が待っているので。

 

少なくとも、つばさちゃんは自分の役割くらいは主体的に求めている気がします。

ですが、やっぱりそこで止まってしまうのですね。自分の持ち回りだけやっていれば社会がどうにかなるほど世界は単純じゃなくなっている。

正しいことをしていれば、その力があれば、すべては上手くいくはずだ、というのは子供の論理です。

 

表面的には同調できても、やはり本質的には皆同じではない。

必ず対立は生まれ、利害調整が必要になる。それが政治です。

「私」と「あなた」の交渉も一つの政治といっていい。

それぞれ答えが「違う」ということを考えない。自分が正しいと思う。そうやって考えることを放棄するとどうなるか。

戦争するしかなくなります。

そんなもの求めてない!と言っても、必死に考えて利害調整しようと努力しないならば、戦ってぶちのめすしかなくなります。

つばさちゃんの言っていることの危うさの先というのは、そういうところだと思います。

なんで!こんなはずじゃなかったのに! ということです。

 

 (ちょっと唐突に踏み込んだ話しをぶっ込むと、憲法9条とかにも関わる視点だと思います。ようはこれ、利害調整のカードです。憲法9条があれば平和は守れ る!とかいう単純な話でなく、そのカードをどううまく使うのかということを考えなければ意味がありません。一方で、せっかくあるカードをどう使うかという 発想をできず、はじめから無視して、改憲だ!と叫ぶのも、同レベルで愚かだと思います。何故そういう論調で話が進んでしまうかというと、「立場」に固執して いるのですね。政治的な主義の話になると、はなからある視点を持つことを無意識的に拒否している人というのはいっぱいいる)

 

・色とりどりの女子大生をはべらす清音

 

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なんか清音くんも愉快なキャラになりましたね。死ね

 

とまあ、こういう描写も深読みしようと思えばなんかできそうですが。

まあそれは誰か代わりに考えてくれ。

 

「清音くぅーん焼けたよぉ」

「って、これ焦げてない? 焼き加減レアにしといてって言ったのに」

 

死 ね

 俺も自分のためにお肉焼いてくれた美人の女子大生に「ちょwwおまwwwこれ焦げすぎwwww料理下手かっwww」とかテンションアゲアゲで言いたいよ。

 

 

・丈さん動く

 

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「変えるという選択には決断が伴う。だが、そうするほどの決め手もない。結局周りの空気に流されて、なんとなく今のままでいいやと適当な答えを出してるのさ」

 

 

・誰かに決めてもらうのはだめっすよ!選挙っすから!

 

「ねえ、はじめちゃんは今度の選挙、誰に投票するんですか」

「教えないっすよ!」

「え」

「選挙っすから」

 

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まあ、色んな意見を聞いて、考えたうえで投票先を決めるということは当然良いことなので、僕は教えてもいいと思うのだけれど。

ここでやりとりの意味合いは、人の意見を聞いて流されるように決めるんじゃだめだよ、という程度のことでしょうね。

 

ゼミの教授も、自分の支持政党とかについては、はっきりとは言わんかったな、そういえば。

まあ、日頃議論して、政治思想、哲学の勉強していたわけなので、先生の主義とか立場は当然わかるわけですが。

 

 

・なんだかよくわからないからいい感じの人に入れちゃおう!

 

「効率的な伝達手段の多い現代だからこそ、逆に人は、非効率的で、対面でのコミュニケーションに好感をもつ。この国の選挙の行方を左右するのは、クラウズでも政治理念でもない、空気の流れだ、今は逆風でも小さなきっかけ一つで形勢は覆るはず」

 

 政治心理学、なんて授業をやった記憶がありますが(内容はどこかへ消えた)、有権者は必ずしも「争点」が何か、それぞれが何を代表しているか、であるとかよくわかってないのですよね。僕も偉そうに色々書いてますが、疎いです、実は。で、多くの場合、その政党が代表している政治理念とかは結構強い動機付だったような気がします。だから、争点が変わって、意見がちょっと噛み合わなくなっても、同じ政党に投票し続けるなんてこともありますね。

 しかしまあ、今の世の中、どの政党がどんな理念を代表しているかとか、実際どこまで一貫性を持っているかとかかなりあやふやな感じになっている気がします。二大政党制なんて言いますが、どこまはっきりと分けられるほど色が違うんでしょうかね。

 誰が何を代表しているのか、誰に投票すれば何を変えてくれるのか、そういうのがはっきりとしなくなれば、それだけ票が浮いてしまいます。

 そうすると、結局丈さんの言う通り、別の誘引が強くなるわけです。対面のコミュニケーション然り、空気の流れ然り。

 

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夕日を横切り独白する丈さん。かっけえっす。ぱねぇっす。

 

 

K漢字Y読めない…菅山氏

 

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・うちわなんて配るから……

 

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「私はガッチャマンのリーダーだぞぉ!」

 

しかし、パイパイはあいかわらす権威主義者やなぁwww

 

 

・3000円のカツカレーうめぇwwwww

 

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・お前ら祭りだ!全力でいくど!

 

「すがやんオワタァ!www 知ってるはじめちゃーん? 原始人ちゃんて、こいつは攻撃してもいいやつだぁってサイン見つけるとぉ、みんなしてボコにしたがるんだよぉぉう」

「そうなんすかぁ?」

「あ、わるいやつだ、お前ら全力で行くど。全力で行くどって、部屋ン中でキーボード叩いてるだけやないか―いワラワラワラワラワラワラワラワラ」

 

 退屈で孤独で不安な大衆は、一緒になってお祭り騒ぎできるのなら、なんでもいい。

 

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「みーんな同じ色っすねー」

はじめちゃん、でかい、かわいい、おっぱい!

 

 

カラオケボックスで色とりどりの女子大生をはべらす清音

 

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死ね

 

さて、みんながそれぞれアクションを起こしている中、清音だけはリア充大学生生活を謳歌していますね。

清音は今後、インサイトの中でどういう役回りを背負うことになるんでしょう。

 

 

・困った時、すべてをどうにかしてくれるヒーロー

 

「累、菅山元首相へのネガティブな記事を削除しますか?」

「だめだ、そんなことすれば逆効果だ」

「でもこのままでは」

「丈さん、あなたは特別な正義の味方になりたいんですか」

 

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 るいるいは一人ひとりがそれぞれ自らの意志に従って正しいことをすることを望んだ。それを可能にするのがクラウズであるわけです。

 しかし、丈さんは表には出ず、社会の秩序が損なわれないように、自らが影でコントロールするようなアクションを起こしているわけです。

 るいるいは、そんな丈さんを「特別な正義の味方」じゃないかと考えている。

 つまりは、自分たちで頑張らなくても、困ったときは最終的に自体を解決してくれるような絶対的ヒーローというわけですね。

 

 

・それぞれの葛藤とそれぞれの正義

 

「お前は同じ色にならないんだな。相変わらず変なやつ」

「変なのは丈さんっすよ。これ違うなぁって思ってるのに、違うなぁって方に頑張っちゃってるの、やっぱ変っす。変っすよ」

「188人。それが重軽傷者を合わせた、この前の渋谷テロの犠牲者の数だ。これだけの人数がクラウズの被害に合ったんだ。それに何より、仲間が一人死ぬところだった。選挙とは本来、一人ひとりが自分の意志で考えて、未来を託したいと思う候補者を選ぶものだ。こんな空気に流されるまま答えを出すやり方は、絶対に間違ってる」

「そうっすね」

「だがそれでも」

「ん?」

クラウズをこのまま野放しにすることだけはできない。間違っていたとしても、これが俺の正義だ

「そうすか!」

「……ちっ」

 

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 クラウズというのは、この世の中の誰にでも、自分の意志を行動化する契機を与えてくれます。実際、人々がアップデートしていくためには、そうやって色んな人が社会に具体的に働きかけて、色々な対立を乗り越えていく中で経験を積むしかない。それを開くという意味で、クラウズは一つの可能性だと思います。

 しかし、その道具が個人に与える力が大き過ぎる場合、社会はその力をもて余すわけですね。

 どれだけ便利な道具でも、実際に社会ではその所持や使用に対して色んな規制があります。

 丈さんは、一方でるいるいの理想に共感を示しながらも、その現実的に生まれる問題について無視することができない。

 もしかしたらそのクラウズの危険性を含めて、その結果が悲惨なものであったとしても、それを選択した人々がその責任を負うことのほうが正しいのかもしれない。失敗しないように、失敗しないようにと、誰かが過保護に導くようなやり方でなく。

 しかし、それでも、丈さんは自分がゲルサドラを担ぎ上げてでも、クラウズ廃止の方向へと民衆をコントロールすることを選択したわけです。

 一人の個人として、必死に考え、葛藤しながらも、それが今の自分の正義だと決断したのです。

 

 

・自己を持たず空気に流されるだけのサルたち

 

「2対6対2の法則。この国の6割の層が付き従う者はなにか。それは世間です。この国には合理的な社会というものが成立していない。あるのは非合理的で俗に染まった世間のみ。だから私は、そんな集団をサルと呼ぶ」

 

 僕は世間とか空気というと、鴻上尚史「『空気』と『世間』」という本を思い出すのですが、この本では世間をかなり意識的に定義付けしていましたね。

 その意味では、リズムくんのいう世間と空気はかなり曖昧で混ざり合ったもののように感じます。

 鴻上氏の言うところでは、世間が弱くなってしまったので、流動的な空気に流されるようになったと確か説明していました。

 

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 リズムくんの言う「合理的な社会」とはなんですかね。個人というものが生まれる背景にあるのは、徹底して不合理なものを見つめ、排除するという姿勢によるものだそうです。すると、世間などという不合理なものを捨てて、徹底して合理的にそれぞれが交渉する社会というもの生まれる、ということになります。この合理性というのは、世間より強い絶対的な視点、つまり「神の視点」がある文化から生まれるそうです。ということはやはり個人主義文化が日本ではなく欧米から輸入されてくることには、必然性があるのですね。

 まあ、欧米にしたってどこまで徹底しているかわかりませんが、少なくとも相対的には、この日本社会にはその文化というものが未成熟であると。僕的には、世間というものもかなり弱っちくなっているので、人々はその場その場の空気にころころ流されるのだと、やはり思います。

 世間も弱い、個人主義も未成熟、そして利己的にその場の空気に流されるだけのサルの世界ができあがる。

 リズムくんの言っているのはこういうことかなと思います。

 

「何故菅山元首相はあれほどまでに批判にさらされているのか。全員が全員、小さな失言やくだらない読み間違いに腹を立てていると思いますか。そんなわけはない。菅山元首相を攻撃している人間のほとんどは、怒りなど持っていないんですよ。では何故批判するのか。攻撃するのか。世間がそういう空気だからです」

「……」

「理由などない。理屈など必要ない。ただそういう空気だから、同じものを同じように攻撃し、同じものを同じように愛でる」

「違うあなたの意見は極論だ」

「いいえ紛れも無い現実ですよ。それでも菅山もと首相に関しては誹謗中傷で済んでいるからまだいい。これがもし、もっと罪が重い人間だとしたら。サル共はそんな空気だからといって流されるまま、クラウズを使って一人の人間をリンチするかもしれない」

「……違うっ」

「もし攻撃対象が集団だったら。一つの村だったら、よその国だったら個の意志のないサル共は流されるまま、やがて世界を終わらせるかもしれない」

「違う!」

「しつもーんっす」

「なんですか」

「リズムさんはわかっちゃってるってことっすか、今回の選挙誰が勝つのか」

「もちろん。この国にとってもっとも質が悪いもの、ボスザルが現れてしまった」

「奴は、危険だぞ」

 

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 自分が何を考え、何を信念とし、どう行動するか。その基準を教えてくれていたのは、かつてであれば強い世間でした。しかし、これはもう今の社会ではかなり怪しいものです。一貫した倫理や道徳の源泉を提供する世間がどこにありますでしょうか? そうすると、それは人間が個々に、自分の経験を通して、様々な人間と関わりあう中で陶冶していくものでしかないのです。つまり、個人主義。しかし、日本にはそのような伝統はない。当然、そういう意識を持って様々な啓蒙が行われてきたわけですが、それでもま未成熟なのですね。

 強い一貫した世間という支えを失って、社会に放り出された個人はとても「孤独で不安」な存在です。自分の自信もない。自分の意志もよくわからない。どのような状況でも、自分の信念に従って一貫した行動をとるには、個人主義的な経験が必要です。葛藤しながらも、自ら考え、社会の中で他者と関わり、自分を作り上げてきたという経験に裏打ちされた「アイデンティティ」が必要です。

 じゃあそれがないとどうなるかというと、残された道は、今、この瞬間の空気に同調するということだけなのです。(もしくは、引きこもるか)

 その空気の圧力が大きくなればなるほど、極端なことも起こりうるかもしれない。

 それこそ、戦争とか。

 

 さて、アップデートの必要性というのはここにあるわけですね。

 考えないということは、自身を培わないということです。

 自分が何者か、何をしようとする人間なのか、そういう一貫性を持てないということです。

 つばさちゃんはちゃんと自分のやることをはっきり持ってるじゃないかと言うかもしれませんが、それはすごく限定された物事、状況に対してでしかない。

 社会に生きるならば、直面する状況というのは、無限にあるわけです。

 そのそれぞれの場面で、自分がどう考え何を決断していくかは、そういう作法をやってこないのであれば、わからなくなってしまう。

 言ってしまえば、自分で何か選択したようで、空気に流されているだけかもしれないというわけ。

 

 そういう意味で、葛藤しながらも最終的には自分で決断し、矛盾を抱えながらも覚悟をもって行動する丈さんは、ちゃんと個人主義だと思います。

 ですから、僕としてはゲルサドラを首相に押し上げてしまった結果は何かまずいことに繋がるのじゃないかと、物語的にはありそうなので、それに対する責任丈さんが向き合う展開を期待しますね。

 この点は、ゲルサドラを支持した大衆の責任をどう描くかということとも関わってくるお話だと思います。(たぶん愚かなサルの群れの姿が描かれるのだと思います)

 

 さて、リズムくんは、ゲルサドラをボス「ザル」と言いました。

 つまり、ゲルサドラはサルの調教師でもなく、あくまでサルの親玉でしかないというわけです。

 サルはサル。つまり、ゲルサドラも自分の意志をはっきりともつ「個人」ではないということですね。

 その瞬間瞬間の、民衆の空気に押し上げられるままにみんなを扇動する者に過ぎない。

 つまり、そのままであればバラバラに過ぎない色んな空気を、一つにまとめ上げてしまって、全て極端な方向に顕在化させてしまうような装置という意味で、凄く危ない。危なすぎる。

 これは、ヒトラーみたいな絶対的カリスマ(強い意志と権威をもった個人に大衆が依存した)とも、日本でかの丸山眞男が論じた「超国家主義の論理と心理」(空っぽの権威を頂点として、その移譲というシステムの元に国が暴走した)とも違う何かなんじゃないかという気がしますね。

 

 何の権威も意志も持たずに全ての空気を代表してしまう存在。特殊な能力をもった宇宙人だからできる設定ですね。

(ところで、ゲルサドラは単にみんなの望む空気を正確に叶えてくれる便利屋さんではありません。ゲルサドラの唯一の行動原理はとにかくみんなを一つにすること。赤ん坊が泣いたとき、空気はちょっと悪い方へ傾いたのですが、ゲルサドラはその流れに反して、みんなの好意的な感情を引き出す形でまとめあげました。この場合はむしろ良いことなのですが、もしかしたら逆もありえるわけですね。これらの描写を監督が意図してやっているかはわかりませんが、まるで願ったかたちを歪めてそれを叶えてしまう猿の手のような存在に見えて不気味です)

 

 じゃあそういう状況に対する処方箋(多元的所属であるとか)とか、現在既にあるそうはならない条件(ネット社会ではなんでもすぐに相対化されてしまう)とか、まあ何か言える気がしますが、それは今後作品内で示されていくのでしょうからそのときまで待とうと思います。