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ガッチャマンクラウズ インサイト 03話 感想箇条書き

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・今週の予言

群衆交錯する街、

決意と共に

真紅に染まる。

命の灯火を

祓うは

大いなる風よ

 

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命の灯火とは誰の?

街の人たち? るいるい?

 

まあるいるいですね。

祓う、は「災いを祓う」の意。

大いなる風は、イノセントストームに押し上げられたつばさちゃん。

 

 

つばさちゃんの考え

 

「お前は芸能人じゃない、この星を守るガッチャマンなんだぞ!」

「あの、お言葉ですが! ヒーローがみんなの前に出ることで、勇気づけられる人もいると思うんです。私たちはここに居る。いざとなったらみんなを守ってあげられる。そうやってみんなの不安を取り除いてあげるのも、ヒーローの役目だって私は思います!」

「ふ、言うじゃないか」

 

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「私はみんなを守れるヒーローになりたいです。そのために一生懸命努力します、はい!」

「ふ、新人の方がよっぽど現実的だ」

 

たとえば丈さんは、この国の一部の人間のせいで社会が生まれないと言っている。だからこそ、国民を導く誰かの存在が必要であると考える。

人々がそれぞれ力(それは具体的な暴力だけでなく、内面的にも)をもって、その中で衝突しつつも一つの秩序を自ら作り出していくというよりは、今力をもった人はそれを使って人々を導く義務がある考えている。

るいるいはヒーローに依存した秩序より、それぞれが内発的に秩序を志向し、自ずから築き上げられていくようなものでないといけないと考えている。

 

ただ、つばさちゃんの言っていることは、単にガッチャマンにおんぶにだっこというわけではない。

ヒーローに勇気づけられるということ。自らの力を何に行使するか、という「斯くあるべし」を示すことは、必要なことなんじゃないかと思う。

 

 

2:6:2

まあ有名なので説目するまでもないと思うけれど、所謂「働きアリの法則」という奴ですかね。

ただ、この文脈では何を意味するのかな。

多分、内発性のことかと。意識高い社会を扇動するのが2割、それに迎合するのが6割、何も考えない世の中に興味のない好き勝手なのが2割、とか?

それぞれが自分の意志を表明して、お互いを尊重しながら、一つの秩序にまとめあがっていくためには、極端に言えばみんながその上位2割のように意識高くならなくちゃいけない。

でもまあ、原則的に集団というのはそういうふうにできていないと。

 

 

「これは僕の戦いなんだ。僕は負けない。最後まで彼を信じて見せる!」

 血反吐はきながら助けはいらないと叫ぶるいるい。

暴力に頼り、相手を屈服させるリズムくんに対して、ただ自分の正義にのみ依って戦うことを選択する。

 

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ガンディーですね。

サティヤーグラハ。真理にしがみつくということ。

 

ガンディー 魂の言葉

ガンディー 魂の言葉

 

 

単に暴力を否定するのではない。徹底的に抵抗するのだけれど、暴力だけには訴えない。

何を言っているのかというと、「自分自身であり続ける」ということ。

何をされようと、何を言われようと、抑圧し押し付けられるものに抵抗して、絶対に相手の思惑には従わず、ただ自分が自分であり続ける。

それだけが、相手の魂に届きうるという徹底した戦いの姿勢。

 

相手を否定し、叩き潰し、打ち勝つことでは本質的な勝利は得られない。

それが叶うとすれば、「暴力では私が私であることを否定できない」ということを相手に知らしめるしかない。

そうして自分という存在が相手の魂に衝撃を与えたときにのみ、暴力を行使する者には内発的な変化が生まれうる。

(安富歩の受け売りです)

 

つまり、「愛」による説得。

 

そうした魂に語りかえるようなコミュニケーションが必要だというのも、一つのテーマなのですかね。

毎度書いているように、前作の段階からそういうのははじめちゃんの行動として示唆されているように思うのですが。

 

 

・譲れないものを守る戦い。つばさの意志。

 

「あたし行きます」

「待ちなさい」

「今行かないでどうするんですか。 ガッチャマンはみんなを守るヒーローじゃないんですか!」

「そうね、みんなの命を守るのが私たちの使命よ。でもね、つばさちゃん。人には命を捨ててでも譲れない想いもある。るいくんは今、それを守るために闘ってるの。それでもあなたは行くの?」

「もちろんです」

 

るいるいの戦いはODの言う通り、譲れないものを守る、魂の戦い。

それに対して、それでも目の前に傷つく人がいるのなら、自分はそれを救うために身体が動くことを止められないというつばさ。

 

矛盾しているようだが、両者が人々に示す態度というのは、守るための戦いという意味で同じかなとも思える。

 

ひーろーってなんすかねー?なーんなんすかねー?^q^

 

煽りまくる司会者。

「他のガッチャマンは何やってるんだー!」

「なんだこれは……ふざけるなぁ!うぅ、誰か、うぅ、なんとかしてくれぇ!」

 

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そんでつばさちゃんが走りだして、ゲルちゃんが多数派の意志に従ってアクションを起こす。

 

「苦しんでる人を助けられないで、何がヒーローっすかあああ!」

「あっきゃあー!」←はじめちゃんかわいい

 

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「そうか、わかった!」

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「みんなが望むなら、僕らがヒーローになろう。イノセントストーム!」

 ヒーローが現れてすべてをどうにかしてくれることを願う大衆。

その限りにおいて、ガッチャマンがどうにかし続けるならば、人々はアップグレードしない。

るいるい涙目。

でも、そうしたヒーローの姿が人々の魂に響き、変化を促す、というのもあると思いますよ。

るいるいの戦いを見た者が受ける変化も然り。

影響を受けるのは敵だけではない。

 

そんでゲルちゃんは、じぶんの思う「斯くあるべし」というのを持たない。

強いて言えば、みんなが同じであること。

吹き出し様の「青」が何を意味するかははっきりとしないが、地球はみんな「青」いと思ってたからゲルちゃんは残念がってましたね。

 

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・大衆の多数派(ゲルちゃんのイノセントストーム)に押し上げられて、三栖立つばさというヒーローが飛び立つ。

 「舞い上がれー!希望の翼よ!」

 

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「くるなあああああ!」

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一方でるいるいの叫びを聞いたはじめちゃんは、自分を押し留めるように胸を抱き、足を止める。

 まあここはるいるいの戦いのなんたるかをはじめちゃんはわかってるからでしょう。

一方で、つばさちゃん同様、「身体が勝手に動いちゃう」ヒーローであるはじめちゃんも、るいるいを助けに行きたいのは同じ。

 

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・りずむくんの主張に対して、だったら包丁も車も規制だとかいうコメを見かけたけれど、線引の問題でしょう。

実際、アメリカでは銃を所持できるが、日本では許されない。

 

ただ、銃という例も正確ではない。自衛、権力に対する抵抗手段というのに対して、クラウズには多種多様な道具としての利用価値がある。

同じレベルで単純化して語ることはできない。

逆に言えばクラウズにも、暴力的な権力行使に対する抵抗手段という側面があるのかな。

前作みたくテロじゃないですよ。あくまで抵抗。